論理的思考は、切り出して教えると身につかない
執筆:株式会社JQIT(技術広報)
新人に論理的思考を身につけさせたい、という相談はよくいただきます。ただ、思考法だけを切り出して教えるやり方は、認知科学の研究では効きにくいとされています。では現場で何をするか。書かせる型・聞き方・答え合わせの残し方を、4つの手順にまとめました。
「新人に論理的思考を身につけさせたい」という相談は、よくいただきます。 打ち手として挙がるのは、たいてい同じです。研修を入れる。本を渡す。ロジックツリーやMECEを教える。
ただ、このやり方は効きにくいことが分かっています。
認知科学者の Daniel Willingham は、思考力をめぐる研究をまとめてこう書いています(American Educator, 2007)。
思考のプロセスは、考える中身(=その領域の知識)と絡み合っている
つまり、思考だけを中身から切り離して教えることができない、という話です。 「多面的に見なさい」と何度言っても、見る対象をよく知らなければ、多面的には見られません。
では、現場では何をするか。私たちが新人に教えるとしたらという前提で、4つの手順に整理しました。
1. 「思考法」だけでは効かない理由
Willingham は、20年ほど前に流行した思考力育成プログラムの評価にも触れています。あまり効いていない、というのが結論でした。わずかに効いた分も、思考法そのものではなく、自分の考えを整える作法を教えた部分だろう、と書かれています。
考え方の心得を教えることはできる。ただし背景知識と練習がなければ、覚えた助言を実行に移すことはおそらくできない
ここから言えることが2つあります。
ひとつ。教えるなら、仕事の中身と一緒に教える。 研修を別枠で用意するより、いま担当している案件の中でやるほうが早い。
ふたつ。型にできるのは「作法」の部分だけ。 そこだけを切り出して、繰り返し使わせる。
以下の3つが、その作法にあたります。
2. 頭の中は採点できない。まず書かせる
最初にやるのは、考えを紙に出させることです。頭の中の筋道は本人にも見えていないので、そのままでは直しようがありません。
型は3行で足ります。
事実: ログに
connection resetが12件、21:04〜21:06 に出ていた 解釈: 接続が切れたのは、この時間帯に限られているらしい 次にやること: 同じ時間に動くバッチがないかを確認する
多くの新人は、この3つを混ぜて書きます。「たぶんキャッシュが悪さをしていると思うんですが、ログにもそれっぽいのが出ていて」といった報告です。どこまでが見たもので、どこからが推測なのかが分かりません。
分けて書かせると、本人にも見えます。いちばん多いつまずきは、事実の行が空のまま、解釈だけを書いていたというものです。
中堅との差も、ここに出ます。中堅は解釈の行に、どのくらい確からしいかを添えられます。「ほぼ確実」なのか「他に思いつかないだけ」なのかで、次の一手が変わるからです。
3. 「なぜ」をやめて、「どのように」を聞く
書いたものを見ながら質問します。このとき、「なぜそうしたの?」は避けます。
障害対応の分野で知られた指摘があります。Etsy の技術部門にいた John Allspaw は、「なぜ」を5回繰り返す手法についてこう書いています。
「なぜ?」と聞くと、答えはたやすく「誰が?」にたどり着いてしまう
「なぜ」は、人と動機に向かいます。 新人は言い訳か自責を答えることになり、どちらも学びになりません。
置き換えるのは「どのように」です。
どうやって、それを確かめましたか そのとき、何が見えていましたか 何が起きると思っていましたか
聞いているのは、本人の判断の筋道です。その場ではそう考えるのが筋が通っていた理由のほうが出てきます。詰問になりませんし、具体的なので、次に何を見ればよかったかまで一緒にたどれます。
4. 予想を先に書かせて、答え合わせを残す
3つめは、直す前に予想を書かせることです。
原因はどこだと思うか 直したら、何がどう変わるはずか
一言で構いません。大事なのは当てることではなく、外れたときに、どこで分かれ道を間違えたかが残ることです。
予想を書かずに直すと、当たっても外れても「直った」しか残りません。これを何回繰り返しても、判断は上達しません。
予測の研究で知られる Good Judgment Project では、確率の扱いを1時間教えただけで予測の精度が上がったと報告されています。(ただしこれは二次情報で、原典にはあたれていません。幅を持って読んでください。)
ここで溜まった外れの記録が、そのまま次の教材になります。
5. 中堅には、他人の判断を採点させる
中堅が伸び悩むのは、自分の判断を言葉にする機会がないからだと考えています。手が速いので、説明しないまま終わってしまう。
効くのは、他人のコードや判断をレビューさせることです。しかも、指摘にラベルを付けさせます。
ラベル | 意味 |
|---|---|
欠陥 | このままでは動かない、または壊れる |
危険 | いまは動くが、条件が変わると壊れる |
好み | どちらでもよいが、自分ならこう書く |
「好み」を「好み」と書かせるのが肝です。 区別が付いていない人は、全部を同じ強さで指摘します。ラベルを選ぶには理由が要るので、選ばせるだけで言語化が始まります。
いちばん手軽なのは、新人のレビューを任せることです。教える側に回ると、急に筋道を立てて話すようになります。
やってしまいがちなこと
つい、やりがち | 代わりにやること |
|---|---|
思考法の研修だけ入れる | いまの案件の中で、型を使わせる |
「なぜ」を5回聞く | 「どのように」「何が見えていたか」を聞く |
「もっと論理的に考えて」と言う | 3行のどの行が足りないかを指す |
先に正解を言う | 予想を書かせてから、答え合わせする |
まとめ
- 思考だけを中身から切り離して教えても、身につきにくい(認知科学の結論)
- 型にできるのは作法の部分だけ。 事実・解釈・次にやること、の3行に分けて書かせる
- 「なぜ」ではなく「どのように」を聞く。 「なぜ」は人と動機に向かう
- 直す前に予想を書かせる。 外れの記録だけが教材になる
- 中堅には、他人の判断にラベルを付けて採点させる
論理的思考は、教える対象というより、仕事の進め方の副産物に近いものだと考えています。 進め方のほうを変えれば、考え方は後からついてきます。
参考文献: Critical Thinking: Why Is It So Hard to Teach?(Daniel T. Willingham, American Educator, 2007)/ The Infinite Hows(John Allspaw, 2014)
